日本の輸出構造 2
輸入に関していえば、日本が大豆の輸入をほとんどアメリカに頼っていた昭和40年代半ばのニクソン大統領時代に、アメリカの大豆が凶作のことがありました。
アメリカがとった当時の処置は、大豆の輸出制限でした。
そのため日本では、たちまち大豆の値段が高騰した結果、庶民生活の代表的食品である豆腐が、庶民の口から遠のく時が、一時的にしてもあったのです。
また昭和48年に起こったオイル・ショックは、日本が石油の輸入を全面的に中近東諸国に依存していたため、国内産業に破壊的インフレをもたらしました。
それだけでなく、トイレット・ペーパー、洗剤など消費生活までも大パニックに陥れたのです。
輸入に関するこの教訓は輸出に関しても同じ論理があてはまります。
世界の大国であるアメリカといえども、いつどうなるかわかったものでないでしょう。
その時に、日本の輸出が40パーセント近くもアメリカ経済に頼っていたならば、輸入と同じことになるでしょう。
そのためには西ドイツのように、危険分散の上でも貿易相手国は多岐にわたっている方が安全なのです。
・・・と同時に輸出という外国からの需要は、国内の需要と違って、相手国の事情によって大きく左右されるため、相手輸入国がダウンすれば、たちまちこちらもダウンする運命になるのです。
« 日本の輸出構造 | メイン | 日本の輸出構造 3 »